「ぁ、ぁあぁあぁああああああぁぁぁあぁあああああ!!!!」
頭を掻き抱き艶やかな髪を振り乱し、女は完膚無きまでに瓦解した。
誰もを柔らかく受け止め許容した翠の瞳がどろりと濁る。
磁器のように滑らかだった肌は浅黒く穢れ人の形状を破壊し隆起していく。
聴く者の心を満遍なく優しさとふわりとした幸福感に包む旋律を奏でた魔法の指が。
細く、か弱く、誰かに支えてもらわないと崩れてしまいそうだった肩が。
「ぃぃやぁあぁあぁぁああぁぁああぁあアアアあぁああああぁあァァアアァアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
女の瞳が己の黒髪を捕らえ、ただそれだけで女は発狂した。
皆に綺麗だと褒められた黒髪が。あの人の緊張しきった手でぎこちなく梳かれた黒髪が。
暗くおぞましい血の色に染まっている。
人でなくなっていく。人では在り得なくなっていく。
ガギリゴギリと肉が密度と質量を増していく。己が圧縮され、膨張していく。知覚領域が猛然と広がるのに反して自我が封殺されていく。
脳が熔けた鉄のように熱い。体の中にはマグマが巡っている。だというのに表皮は氷のように冷え切っている。その感覚が気持ち悪くて、むず痒くて、――何故だか、楽しくって。
「ア゛、ア゛、アァ、アァアァアアアアアアアは――――――ハハハハハアハアハハハハアハハハハッ!!!!」
紅に染まった瞳で天を仰ぐ。
突き抜けた青を咲かせていた空は濁った赤に汚されていた。
――嗚呼、全部、紅い。
口が喜悦を形作る。両手は空を受け止めるように広げられた。
肉体のどこを動かしても人間の感覚がしない。空気の質量、匂い、流れ、雰囲気が意識せずとも流れ込んでくる。吐いた息は熱く、炎のように熱く。
そして女はふと気づく。瞳から伝った液体が口に入り、それが“血”だと知ったその時に。
――嗚呼、私は、鬼に成ったのか。
紅の空の下、紅い鬼が咆哮した。
人間らしさの欠片も感じ得ない化生の声は、長く――永く、鳴り止むことなく天に地に轟いた。
by kyo-orz
| 2005-12-03 04:50
| Kyoの30分創作